薩摩切子のペンダント

みなさんこんにちは。さくらこです。

私は出身が鹿児島県なのですが、地元愛というか、帰属意識がしっかりありまして🫶

関東に住んでいると、同じ九州出身の方に出会うだけで、仲間意識が勝手に芽生えます。

地元を離れてからだいぶ経つので、帰省した際には改めて地元の観光名所へ行くことが最近増えてきました。

薩摩藩島津家の別邸である「仙巌園」という観光名所があるのですが、昨年の夏、そこで薩摩切子のペンダントをゲットしました。

これです💕

薩摩切子は、鹿児島(薩摩藩)のガラス工芸品です。

グラスやお皿などが多いですが、ペンダントやピアスなどもあるんです。

これまではあまり(というか全く)注目していなかったのですが笑、ジュエリーを好きになって、「地元にもこんなにも素敵なものがあるじゃないか!」と気付きました。

今日は、薩摩切子ってどんなもの?魅力とは?ということについて書いていこうと思います。

薩摩切子とは

「切子」と言うと、江戸切子、の方がよく聞くことがあるかもしれませんが、鹿児島(薩摩藩)で独自に発展したのが薩摩切子です。

弘化3年(1846年)に、薩摩藩の島津家27代当主島津斉興が化学薬品を取り扱うためにガラスを製造したことがきっかけとされているらしいです(引用元

その後、28代島津斉彬が藩主になると着色ガラスの研究が進み、現在の薩摩切子の形になりました。

ちなみに島津斉彬というのは、江戸幕府の13代将軍徳川家定の御台所である天璋院/篤姫の、お父さんです(養女として篤姫を迎えています)

(余談ですが、私は篤姫が大好き。)

ざっくり言うと、

薩摩切子は江戸時代に生まれました。

ということですね。

江戸切子も江戸時代に発祥と言われているので、同じ頃に発展したみたいです。

薩摩切子は、特定の場所でのみ製造されていて、そのためにブランド的な意味合いが強く、幕府に献上されたりもしていたそうです。

文久3年(1863年)の薩英戦争の時に工場が焼失してしまい、藩もなくなったためにたった十数年で産業が途絶えてしまったのですが、1985年から復刻生産されて今に至るようです。

1985年って割と最近…!

恥ずかしながら本当にこれまで全然興味がなかったので歴史も知らなかったのですが、ここ40年ほどで盛り上がってきた、ということのようです。

復刻してくれて感謝です。

こんなに素敵な工芸品、これから末永く受け継がれていくと良いなと思います。

薩摩切子の魅力

薩摩切子は、江戸切子よりもガラスに厚みがあります。

江戸切子はカット面がシャープでくっきりとした線になるのですが、薩摩切子は、透明な部分と色がついている部分の境界があいまいで、これは「ぼかし」と呼ばれているようです。

ぷっくり重厚感のあるガラスに、鮮やかな色合いのグラデーションがとても綺麗なんです。

ペンダントとして身に付けると、ガラスが涼しげで、存在感もあるので夏にぴったりで可愛いです。

色は青や黄色、赤などあるのですが、私は緑色が好きなのでこの色をチョイスしました。

カットでお花のようなデザインになっているのですが、裏と表でデザインの出方が異なります。

ガラスに厚みがあるのでアイスキューブのようにコロコロしていて、より涼しげな雰囲気があります🧊

ガラスなので汗水気にせず使えるのも良いです。

自分の地元を大事にしたいと思えることも、ありがたいことだなあと思います。

幼少期のたくさんの思い出が詰まっていて、食べ物も美味しくて、尊敬する歴史上の偉人もいて。

大島紬なども、今後楽しんでみたいなあって思っています👘

最後までお読みいただきありがとうございました。💕

ではまた。

シャワーヘッドをミラブルzeroに変えるだけで違いを実感
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA

目次